28日から30日にかけて鈍行列車の旅に行ってきました。
28日朝、JR大久保駅を出発。米原、大垣、名古屋、中津川、塩尻、と鈍行を乗り継いで茅野に到着。28日中に山に入りたかったのですが茅野から美濃戸口までのバスが29日からしか動いてないのでしかたなくホテルへ。
29日、茅野のビジネスホテルを6時過ぎにチェックアウトして駅の立ち食いそばを食べて美濃戸口行きバス停付近で同行の志を探すことに。夜行バスで着いた人にバスの9時過ぎまで待つより4人集めてタクシーで行きましょうと声をかけました。さいわい4人揃い美濃戸口へ。
美濃戸口から南沢を行者小屋へ。天気は上々、ドンドン進んで昼前に小屋へ到着。テント設営後、翌日の事を考えて文三郎尾根を30分ほど歩いて道を確認して戻りました。あとは昼夜兼用のカレーとビールとビーフジャーキーをいただき寝ることに(笑)
30日、4時に起き出し朝食をと思ったらヘッデンが点かない。慌てて予備の電池を探すも手元が見えないからわからない。予備のライトは軽量化のために置いてきたのだがスマフォを使い何とか交換。
朝食を用意するかたわらテント内が暖まるのを待って身支度を。朝食は永谷園のお吸い物にお持ちを投入。
なんだかんだテントをたたみ終わったのが6時でアタックザックにテルモス、行動食、地図とコンパス、細引きを入れてピッケル持って出発。
明かりはヘッデンのみでテン場を少し離れると踏み跡も無くなってしまった先行者はいない様子。前日にある程度見ていたので安心して進みます。阿弥陀岳分岐あたりで明るくなってきたがガスと風で視界はきかず地図を頼りに登りました。天気予報でこのあと晴れると見ていたので出来たんですけどね。
山頂手前でガスも晴れてイッキに快晴。怖いところもありましたが無事登頂。
写真を撮ってすぐに文三郎尾根を戻ることに。途中で陽が登ってから昇り始めたと思われる人達とすれ違いながらテン場へ。
することもないのでデポしていたザックを担いで今度は北沢を下り、赤岳鉱泉のアイスキャンディーを見学して八ヶ岳山荘へ。
お風呂入ってビールを1本いただいてバスを待ちます。
バスの時間が1時20分。バス、電車を乗り継いで明石に帰ったのは夜の12時前。行き帰りの食事は立ち食いそばが3回で電車待っている時間はビールとのんびりした旅でした。
体調が万全ではなくいつでも帰れるつもりで気軽にでたのですが天候に恵まれ良い年末の山行になりました。
28日朝、JR大久保駅を出発。米原、大垣、名古屋、中津川、塩尻、と鈍行を乗り継いで茅野に到着。28日中に山に入りたかったのですが茅野から美濃戸口までのバスが29日からしか動いてないのでしかたなくホテルへ。
29日、茅野のビジネスホテルを6時過ぎにチェックアウトして駅の立ち食いそばを食べて美濃戸口行きバス停付近で同行の志を探すことに。夜行バスで着いた人にバスの9時過ぎまで待つより4人集めてタクシーで行きましょうと声をかけました。さいわい4人揃い美濃戸口へ。
美濃戸口から南沢を行者小屋へ。天気は上々、ドンドン進んで昼前に小屋へ到着。テント設営後、翌日の事を考えて文三郎尾根を30分ほど歩いて道を確認して戻りました。あとは昼夜兼用のカレーとビールとビーフジャーキーをいただき寝ることに(笑)
30日、4時に起き出し朝食をと思ったらヘッデンが点かない。慌てて予備の電池を探すも手元が見えないからわからない。予備のライトは軽量化のために置いてきたのだがスマフォを使い何とか交換。
朝食を用意するかたわらテント内が暖まるのを待って身支度を。朝食は永谷園のお吸い物にお持ちを投入。
なんだかんだテントをたたみ終わったのが6時でアタックザックにテルモス、行動食、地図とコンパス、細引きを入れてピッケル持って出発。
明かりはヘッデンのみでテン場を少し離れると踏み跡も無くなってしまった先行者はいない様子。前日にある程度見ていたので安心して進みます。阿弥陀岳分岐あたりで明るくなってきたがガスと風で視界はきかず地図を頼りに登りました。天気予報でこのあと晴れると見ていたので出来たんですけどね。
山頂手前でガスも晴れてイッキに快晴。怖いところもありましたが無事登頂。
写真を撮ってすぐに文三郎尾根を戻ることに。途中で陽が登ってから昇り始めたと思われる人達とすれ違いながらテン場へ。
することもないのでデポしていたザックを担いで今度は北沢を下り、赤岳鉱泉のアイスキャンディーを見学して八ヶ岳山荘へ。
お風呂入ってビールを1本いただいてバスを待ちます。
バスの時間が1時20分。バス、電車を乗り継いで明石に帰ったのは夜の12時前。行き帰りの食事は立ち食いそばが3回で電車待っている時間はビールとのんびりした旅でした。
体調が万全ではなくいつでも帰れるつもりで気軽にでたのですが天候に恵まれ良い年末の山行になりました。
コメント